能登の旬な情報をお届けします。


by noto-tourism

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能登空港からほど近い、旧・柳田村地区の道の駅“桜峠”ではFREESPOTを使った無線LANインターネットが利用可能だそうです。

し、知らなかった・・・。

他にもセミナーハウスやまびこ星の観察館“満天星”も対応!
やっぱ柳田ってスゴイですねぇ・・・。能登方面ではFREESPOT提供施設はこの3つだけ、しかも全て旧・柳田村地区ですからね。
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by noto-tourism | 2005-03-10 15:53 | 能登の観光情報(柳田村)
「めんたいいじりって、なにをいじるのよ?」
そんなツッコミはいらないですよw


“宝暦杉”ではなくホントにみたかった“某史跡”が、この“めんたいいじりの物隠し穴”なんですが・・・。
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- 写真:『柳田村の文化財 第二集』 柳田村教育委員会 p28 -


場所はたぶん先ほどの宝暦杉の近く、おそらくいまも現存しているであろうと思われるこの変わった名前の史跡は、昔々の人の“食糧貯蔵庫”のようなものです。

はぁ・・・、でも色々探し回ってご近所の方々に聞きまくったんですが、結局現物は確認できず。どうやらかなり認知度の低い史跡だったようです。

資料によると“めんたいいじり”というのは、ある特定の場所の名前のようで、そこにはこうもりの巣にもなっている横穴が数多く開いているそうです。

その穴のひとつがこの“めんたいいじりの物隠し穴”なんですが、穴の中には極めて難読の風化した文字が文字が彫られていたそうです。

 天 六 乙 大小 [ ]

専門家の調べにより、これはきっと“天保六年”に彫り残されたものであろう、ということになったそうですが、天保6年(1835)といえば天保の飢饉、連年の凶作で人々は飢え苦しみ、死体がそこいらじゅうに転がっていたという恐怖の年です。

この辺りの人々も例外ではなく、今食べるものも、そして来年植え付ける予定の種でさえ底を尽きそうでした。
そこで人々は翌年の食糧生産に備えるために、この穴に大小様々な“種”を集め、昼夜交替で守り通した、とのことです。

ですから、この高さ105cm、奥行き192cmの小さな穴の奥には、灯明を置いた形跡もあるそうです。
全ての村民から集めたこの種、もしも盗賊に盗まれたり、役人に取り上げられたり、仲間割れで独り占めされたりしたら大変ですからね。守るほうも命がけだったことでしょう。


続けて暗いお話でしたね。
でも明るく綺麗で、新規開発された観光施設だけではなく、能登の歴史を知ることができるこうゆう史跡もぜひ皆さんに知っていただきたいと思い、今回紹介しました。
こうゆう文化遺産は、いつかきっと消えてなくなってしまいます。物理的にも、そして記憶の中からも。
一部の資料に残っているだけじゃ、忘れ去られてしまったのと一緒ですからね。


あと気になっているのが
・真念寺 鬼簿帳 (鬼の記録?)
・のぞき谷 (覗きこむほど深い?)
・鬼の狩衣 (鬼を狩るときに着ていた?)
・耳切不動 (耳がない?)
・竜王塚 (ドラクエⅠのボス?)
・蟹甲石雨請伝説 (???)
などなど

基本的には能登に観光にいらっしゃった方が、フラリと立ち寄れる場所を紹介するというのがモットーですから、特定の人しか見る・体験することが出来ないものは省き、吟味して紹介していきます。
“物隠し穴”も正確な場所がわかり次第、追記しますね。

とりあえず次は“竜王塚”かな・・・。“竜”とか“鬼”に過剰に反応するのは私だけ?
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by noto-tourism | 2005-03-09 16:09 | 能登の観光情報(柳田村)

宝暦杉/史跡

先に言い訳しておきます。
ホントは杉を見に行ったんじゃなくて、近くにある別の某史跡のために車を走らせたんですが、近所のご老人やお寺さんまで“某史跡”の存在を知らないという不覚の事態に陥り、やむなくこの宝暦杉を掲載することになりました。

ま、杉は杉で立派なものだし、奥能登の大木一覧を集めて“奥能登の大木”ってカテゴリを作ってもいいかなぁなんて考えてはいたんで構わないんですが・・・。

前置きが長くなりましたが、今日は能登町 旧・柳田村地区の五郎左エ門分にある“宝暦杉”の紹介です。

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一見すると普通の大木ですが、この杉は旧・柳田村地区の史跡に指定されています。
それはなぜか?こんな悲しいお話が伝えられているからなんです。


宝暦6年(1758)7月
このところ連年の凶作が続き、また時期を同じくして“仮銀札発行”などを動機に蜂起した村民約1,000人が、支配10村を襲撃。

※『宝暦の銀札くずれ』
藩財政は苦しく、加えて藩主が三代も続き若死にしたため、失費もかさみ宝暦5(1755)年に銀札と称する藩札を発行。ところが一層物価高騰をきたし、市中には餓死者が充満し、その翌年、打ちこわしや百姓一揆が起こり、銀札発行を廃止する。
-参考:「利家とまつ」ゆかりの人物-

更に事後処理進行中の宝暦8年には組下村々の年貢不足800石が摘発され、寺分地区の“勘十郎”、五郎左エ門分の“太郎次郎”、そして十郎原地区の“藤次郎”が入牢。そのまま獄中で亡くなってしまいました。

この“宝暦杉”は“勘十郎”と“太郎次郎”が入牢の際に植え残したものだと伝えられているのです。



・・・、苦しい時代です。
作物は凶作で、しかも物価は高騰。この年貢を払ったら自分たちは死ぬしかないのに・・・。

川のほとりに杉の苗木を植え付けた二人は、どうゆう心境だったんでしょうか。
きっと悔しくて苦しくて涙がこぼれて・・・、家族や恋人もきっといたんでしょうに。
でも村民のために行動を起こして晴れ晴れとした気持ちもあったのかな。

今もこの“宝暦杉”の前には“宝暦義民の碑”が残され、花が手向けられています。合掌
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by noto-tourism | 2005-03-09 14:58 | 能登の観光情報(柳田村)
今日はポカポカ暖かくて上着もいらないくらい気持ちいい日でしたね。
はぁ・・・、こんな日はバイク乗りたいなぁ・・・。

おっと、愚痴なんてこぼしてる場合じゃないですね。

今日は能登町瑞穂にある牧場直営のジェラート専門店“マルガージェラート”の紹介です。
近所ということもあってよく行くんですが、頼むのは決まって“ブルーベリー”か“天然塩”のシングルコーンなんで、今日はあえて“カップで持ち帰り”にしてみました。
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買ったのは、いつもの“ブルーベリー”“天然塩”のほかに“チョコチップ”と“バナナミルク”も。
1個294円(税込)×4で¥1,174の出費、コンビニのアイスなら10個は買える値段なんでちょっと割高に感じる方もいるかもしれませんが、食べればナットクのはず!

ま、ジェラートについての詳しいお話はマルガージェラート公式サイトをご覧になっていただくとして、今日はいつも食べてる“天然塩”のレビューでも書きましょうか。


アイスに塩!?それってゲテモノなんじゃないの?とか思われる方もいるかもしれませんね。
アイスは甘いもので、塩辛いアイスなんてアイスじゃない!と?

でもねぇ、それってちょっと違うんですよね。
皆さんの中にもスイカに塩をかけて食べる人いるでしょ?するとどうなりますか?甘さが引き立つでしょ?そうゆうイメージで伝わるでしょうか。

このジェラート屋さんは牧場の直営なんでミルクも毎日絞りたてのモノを使ってるんですが、これがまた濃いミルク味なんですよ。もちろんいい意味でね。
そこに塩を加えるとどうなるか。そうなんです、非常にサッパリと後味も良くなってるんです。
しかもその塩も珠洲特産の“天然塩”を使っているため、ミネラル分も豊富で、ほのかなうま味や苦味を感じることもできます。

ちなみに能登半島まではとても遠くて行けないという方に楽天市場のマルガージェラート取扱店も紹介しておきますね。

でも、できれば休日など利用してぜひ能登まで来ていただきたいです。本店でしか食べられない今の時季限定の“フキノトウ”なんてのもありますから。




■連絡先 TEL:0768-67-1003 FAX:0768-67-1003
■住所 〒927-0311 石川県鳳至郡能都町瑞穂163-1
■主な料金 ジェラートシングル270円、ダブル390円
■営業日時 10~18時。木曜定休。
■アクセス 能登有料道路此木ICから国道249号で19km。 
■駐車場 あり(15台)
■e-mai なし
■ホームページ  http://www.malgagelato.com/
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by noto-tourism | 2005-03-07 17:40 | 能登の観光情報(能都町)

更新完了

メインサイトのほうですが、一応カタチはまとまりました。
まとめてみると意外というかやはりというか内容が薄いのがバレバレですね。
旧・柳田村地区や旧・内浦町地区の情報もボチボチと載せていく予定ですので、今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m
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by noto-tourism | 2005-03-06 20:27 | つぶやき

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by noto-tourism | 2005-03-06 20:22 | 能登のモブログ

石仏山祭りのオマケです


前立での祭りの様子です。
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by noto-tourism | 2005-03-06 20:20 | 能登のモブログ
メインののとツーリズムを再構築中です。
テーブルばっかりでレイアウトしていたのを、CSSでのレイアウトに移行中なんですが、どうもすんなり進みそうにもなく中途半端な状態になっています。
今日(6日)夜か、明日(7日)中には綺麗に整うと思いますので、大変お見苦しいですが今しばらくお待ちくださいませ。

ところで3月1日にスタートした新生・能登町(のとちょう)ですが、もう新しいサイト立ち上げてるんですね。

石川県 能登町 公式サイト

こちらも現在整備中のようで、一番下には“只今、準備中の情報もございます。ご了承ください。”とお詫びの一文が載せられています。
パッと見は綺麗にまとまっているようなんですが、なんせ3町村分の情報を一まとめにするんですから、きっと作っている人はいっぱいいっぱいなんでしょうね。



明日はBlogも更新できると思います。お楽しみに!
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by noto-tourism | 2005-03-06 16:35 | つぶやき

のと鉄道と益谷秀次

今日は能登町出身の政治家『益谷秀次』さんのお話。
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益谷秀次さんは明治21年1月17日に能登町宇出津で生まれました。
京都帝国大学仏法科を卒業、大正9年に衆議院議員に当選し、日本自由党の総務会長・建設大臣・国務大臣などを歴任し、昭和26年に吉田首相が渡米中の際は臨時内閣総理大臣代理に就き、その後は衆議院議長として3年以上務めました。

歴史の点数は悪かったんで資料を読んでもいまいちピンとこないんですが、『能登町出身の政治家で、能登に鉄道を作った人』といえば、若い世代でも大抵は知っている、このあたりでは有名な方なんです。

で今日の本題に入りますが、私たちは今“のと鉄道の最後の日”を迎えようとしています。そこで“能登に鉄道が来た日”についても少しは知っておく必要があるんじゃないかと思ったわけです。
なんせ工事が始まったのは昭和28年ですから、今から50年ほど前の話。リアルタイムに体験してきた方々も、さすがに記憶があやふやになる年数ですからね。



【能登に鉄道がひかれたのは、益谷さんが子供の頃からの夢を叶えるために努力したから】

益谷さんは小学生の頃から『いつの日か能登に鉄道を引いてやる!』という大きな夢をもっていたそうです。政治家になってから能登に汽車が来た日まで、モノ凄い執念で夢を実現しました。
後に益谷さんの奥さんに、とある記者がこうゆう質問をしたそうです。

『奥さんが益谷先生とご一緒になられて以来、一番嬉しかったときはいつですか?』

奥さん『能登線が開通したときです』

質問した記者は驚きました。
だって『衆議院議長になったときです』と答えると思っていましたから。
益谷さんの奥さんはこう続けました。

『益谷は昔から、能登に鉄道をひきたい、ひきたいと口癖のように言っておりました。その汽車がとうとう能登へ来た日、益谷はああゆう性格の人ですから嬉しさを顔や口に出したりはしませんでしたが、永年連れ添ってきた私には分かります。私は益谷の夢が叶えられて本当にうれしゅうございました』

また、益谷秀次さんは能登へ鉄道が来たことに関して
『金沢へ日帰りができるようになった。朝出れば、その日のうちに東京へも行けるようになった。』
『片田舎だった能登と都会の格差は、この一本の線路によって是正される方向へ向かった。新鮮な海産物はどしどし出荷される、奥能登の美しい風景、平家一門につながる秘史は新しい観光資源となって脚光を浴びるに至った』と記しています。




年配の方に話を聞きましたが、鉄道が来る前は宇出津から七尾までフェリーに乗り、七尾駅から東京へ汽車を乗り継いで行ったそうです。東京までは1日以上かかります。
その頃から比べると今は飛行機でアッという間なんですから、ますます能登は便利に、良くなっていくはず!と私も信じています。のと鉄道がもうすぐなくなるのは寂しいですが・・・。

さて、皆さんは『いつか○○してやる!』みたいな強い信念や夢って持ってますか?
私はありますよ。大きい声じゃいえないんですが、こっそり教えちゃおうかな。


私の夢!それは・・・・・。














腰周りの贅肉を落とすこと_| ̄|○

昔は運動したらすぐ引き締まったのに、最近は太ったら太りっぱなし。
“なごみ”で水中歩行でもしたほうがいいかもしれないですね。
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by noto-tourism | 2005-03-03 18:15 | 能登のプチ情報

原始神道/石仏山祭り

本日、午前9時より能登町神道地区にて“石仏山祭り”が行なわれました。

>>石仏山については5月2日の記事を参照
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石仏山祭りとは、女人禁制の山“石仏山”で毎年3月1・2日に行なわれる五穀豊穣を願う祭り。
前日には宵祭り(前夜祭)がオモド(親当人)のお宅で開かれ、ワキド(脇当人)と神主が加わり、山から少彦名(すくなびこな)の神・大己貴(おおなむち)の神を招きます。

そして当日(3月2日)
オモドのお宅からワキドの太鼓の音を合図に神道地区の人々は次々と石仏山に登り始めます。(私はここで合流)

この石仏山、最近になって遊歩道が整備されたとはいえ、かなり急な坂を登らなければいけません。日頃の運動不足を後悔しつつ息も切れ切れ、やっとの思いで前立とよばれる巨石の前に着きます。

前立(上写真)は高さ3m、幅60cmほどの直立した細長い石と脇に並ぶ2つの石から成り立っていて、大己貴の神の霊代とされていて、ここがメインの祭場となっています。
この後ろのほうには“石の唐戸”とよばれる大きな石が散乱したような場所、さらに後ろに“奥立”とよばれる高さ4m、幅90cmの少彦名の神とされる巨石柱(本社)、もっと後ろには盤境(いわさか)の遺跡と思われる大小の石があり、山全体に神秘的な巨石が点在する史跡なんです。

さて祭りですが、“前立”の前に集まった神主や神道地区の皆さんはここで神事を進めていきます。神事のひとつ“お釜神事”はこんな感じ↓

1)前立の横のほうに石を積んだ“釜”があり、そこで杉の葉を使い火を起こします。
2)起こした火で釜に湯を沸かしお洗米をパラパラと入れていきます。
3)次に御幣を湯に浸し、浸された御幣は参列者に配られます。
4)参列者は御幣で両目を拭います。

※実際は少し簡略化されています。

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一通り神事を終えた参列者は山を降りオモド宅に移動します。ここではクイゴト(直会)が行なわれます。簡単にいうとみんなで飲み会[兼]会議って感じですね。

ここでも昔からのしきたりで席順や料理の献立が決まっていて、一見するとワイワイ楽しく酒を飲んでいるように見えるのに、実際はしきたり通りに行事が進んでいるので、見ている私も気が抜けません。

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献立は赤飯・菜の汁・鰤のなます・煮物(人参・牛蒡・切芋・蕗・豆腐・尾張大根)・酒2合。

酒もすすみ、皆さん赤い顔で気分も良くなってくると祭りも最終段階、“当渡し”が行なわれます。当渡しとは今年の祭り当番から来年の当番への引継ぎのようなものなんですが、神道地区18戸から6人が選出され、さらにメインの当番“オモド”が決められます。
“オモド”の決め方も『酒の銚子が空になるまでに決める』というもので、すでに大量の酒を飲んでいる方たちが、あ~だこ~だ言いながら『じゃあ来年はアンタ頼むわいね』となるんです。
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祭りの大体の流れはこんな感じです。ほんとはもっと色々な出来事があったんですが、全て書くと原稿用紙何枚分になるのか見当もつきません。
もし『もっと詳しく知りたい!』ということでしたら、能登町役場にて資料を見ることをお勧めします。

石仏山は古代の祭祀遺跡ですし、巨石はあっても社殿はない神社として古くから信仰されてきました。民俗学的にも考古学的にも非常に興味深い場所ですし、そこに立つと寒気さえ感じる霊気が山全体に漂っています。

お越しになる際は『ここは神聖な場所なんだ』ということを、どうぞ心の片隅において楽しんでみてください。
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by noto-tourism | 2005-03-02 16:39 | 能登の旬な情報