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by noto-tourism

カテゴリ:猿鬼伝説( 8 )

猿鬼伝説の紙芝居動画

柳田村公式ページで“猿鬼伝説”の紙芝居を動画で閲覧することができます。

柳田村TOP → TV → Vクリップ集 → 猿鬼伝説

その他にも数多くの動画が閲覧できますので、ご覧になってみてはいかがで・・・・、ん?そういえば3月1日に市町村合併控えていますが、3つの市町村(能都町・柳田村・内浦町)の公式ページも統合になるはず・・・。
ぜひぜひ早めにご覧下さい。
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by noto-tourism | 2005-02-24 12:13 | 猿鬼伝説
“三岩”と“隠れ岩”から100mほど進むと“猿鬼の逃げ道”があります。ここは大西山を追われた猿鬼が逃げるときに通った道。
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こんな険しい道を猿鬼は逃げていったのかと思うとチョット感心しますが、実はこの“猿鬼の逃げ道”の入り口から“岩井戸神社”までは地図で測ると直線距離で5kmほど、人間の足で歩いても30分ほどの距離です。

ぉぃぉぃ猿鬼さん、もうちょっと遠くまで逃げないとアンタの悪さはすぐに伝わっていっちゃうよ?なんて心配されますが、引越し先の岩井戸で悪さをしていた猿鬼の噂が5km先の大西山の神様に伝わるのはアッという間。猿鬼討伐隊まで結成されてついには退治される始末です。

猿鬼って頭弱いのか?なんて思われますが、身体に漆を塗って矢をはじく知恵なんかはなかなかのもの。つまり近くても、自分はここで好き勝手にやって問題ないという自信があったんでしょうね。
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by noto-tourism | 2004-11-25 10:31 | 猿鬼伝説
“三岩”から道を挟んで反対側には猿鬼が隠れ住んでいたと云われる“猿鬼の隠れ岩”があります。
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普段はこの岩屋の中に隠れ住んでいて、向かいの三岩(というか割れる以前の大岩)で遊んだり、山を降りて村人に悪さをしていたということです。

でもこの隠れ岩、子供でも腰をかがめるほどの狭さで、強大な力を持った猿鬼がわざわざ這いつくばって岩の隙間に身を押し込んでいる姿はとても想像できません。

きっと今残されている姿は入り口だけ。昔はこの奥に大きな根城があったに違いありません!いわゆる地下要塞の秘密の入り口ってことですな。

それにしても猿鬼、おとなしく自分の家で鯛を食ってれば追い出されずに済んだかもしれないのに。ま、それも時間の問題、おごれる者は久しからず、ただ春の夜の夢のごとしってやつですね。

追い出された猿鬼もこれで懲りれば細々と暮らしていけたかもしれないのに引越し先でまた悪さするんだもん、退治されて当然です。
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by noto-tourism | 2004-11-24 15:30 | 猿鬼伝説
猿鬼は鯛をこっそり食べていたところを神様に追い出されたという話をしましたが、別のお話もまだありますので簡単に紹介しますね。



猿鬼。髪は赤茶毛でちぢれ、赤くはれたその顔はとても人間とは思えず、さりとて猿でもなく鬼でもない。

夜は大切な田畑を荒らし、昼は人里に出て女子供にいたずらをするなどの目に余る悪行の数々、業をにやした村人たちは在所のおやっさまを先頭に一致団結し猿鬼を追い出す知恵を絞りあった。

そんなある夜のこと、“猿鬼の足跡”といわれる甌穴で気持ち良さそうに行水をする猿鬼を見かけた村人たちは、ここぞとばかりに太鼓を打ち鳴らし奇声をあげた。

さすがの猿鬼も驚き、西山から岩井戸へ逃げ込んだのであった。


追い払ったのは神様ではなく村人になってますね。

“ほとほとと 行くや当目の岩井堂へ 二度と帰らぬ釜ん谷”

こんな歌を淵の底に刻んでいった猿鬼だが、今でもこのあたりを“釜ん谷”といい、淵のことを釜淵とよんで親しんでいる。


追い出された理由は諸説あるのは当然ですが、猿でもなく鬼でもない赤茶毛で赤ら顔の猿鬼の姿、ちょっと想像できませんね。
昔の人が外国から来た人を人を『天狗だぁ~!』っていってたのと同じような感覚なんでしょうか?

船が遭難して能登へ流れ着き、言葉も通じない山里で生きていくためにはこっそりと農作物を盗むしかなかった。女子供も、襲われたんじゃなく話しかけられただけじゃないかと思うと、猿鬼もかわいそうに思えてきます。


猿鬼:あの~、このあたりに英語が分かる人はいませんか?

子供:ぎゃ~!鬼だ~!聞いたこともない妖怪語しゃべって襲ってくる~!

猿鬼:いや、襲うつもりはないんですが・・・、せめて水か食料を・・・。

子供:たすけて~!

猿鬼:困ったなぁ・・・。

って感じだったりして。
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by noto-tourism | 2004-11-23 17:09 | 猿鬼伝説

三岩/追い出された猿鬼

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猿鬼伝説発祥の地、大西山。続いては猿鬼が割ったといわれる“三岩”の紹介です。

ある年の正月の朝、隠れ住んでいた“猿鬼の隠れ岩”で猿鬼は、大きな大きな鯛を食べていたそうです。こんな山奥なのにどうやって鯛を持ってきたのかは分かりませんが、たぶん子分に捕りに行かせたか、付近の人から奪ったんでしょう。

猿鬼がむしゃむしゃと鯛を食べているところに偶然、大西山の神が通りかかり猿鬼を怒りつけたそうです。怒られたということはやはり付近の人から鯛を奪ったんでしょうね。山村の人が鯛を買うなんて大変なことだったでしょうに・・・。

で猿鬼ですが、突然あらわれた神様にいきなり怒られたんでビックリしちゃって、ジャンプして逃げ出そうとしたそうです。その踏ん張った際に3つに割れた岩がこの“三岩”。高さは5mはあるかと思われる大岩ですが、ジャンプで踏ん張って岩が割れるなんて、猿鬼ってすごいですねぇ。

ちなみに三岩のそばに寄って見ると、3つの岩の真ん中を綺麗な清流が流れていました。
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by noto-tourism | 2004-11-23 15:30 | 猿鬼伝説

釜淵/猿鬼伝説発祥の地

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輪島市町野町金蔵裏手の大西山、ここは猿鬼伝説発祥の地と云われています。
そしてこの釜淵は猿鬼の足跡。

この大西山は猿鬼がもともと住んでいた山ですが、悪さをしていたため追い出され、岩井戸神社付近に流れ着いたということです。

また猿鬼が住んでいた山ですから、この“釜淵”という猿鬼の足跡の他にも猿鬼に関する多数の云われが残っています。それは“猿鬼の隠れ岩”や“猿鬼の逃げ道”、“猿鬼の三岩”などなど・・・。

ただそれらの全ては観光地として未だ整備はされていないので道は1車線の未舗装路、雨風でかなり荒れた道を通らなければなりません。

手付かずの自然を楽しむには絶好の場所なんですが、車で行かれる際はジムニーなどのコンパクトで悪路に強い車、またはオフロードバイクをお勧めします。もちろん携帯電話は圏外ですのであしからず。
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by noto-tourism | 2004-11-22 10:05 | 猿鬼伝説

猿鬼伝説/大箱の鬼塚

 猿鬼伝説についてのコメントをいただいたので、久しぶりに岩井戸神社と、猿鬼伝説縁の地に足を運んでみました。

 訪ねたのは柳田村大箱地区の鬼塚。猿鬼の亡骸が眠る場所です。
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 猿鬼は神々との戦いで傷を負い、この辺りに生えるオオバコという薬草で目を洗ったそうです。ま、結局はとどめをさされてこの地に眠ることになったわけですが、わざわざ塚を築いて葬った人々に感心するばかりです。だって、散々苦しめられて自分たちの子供を殺されたりしたんですよ?
 私だったら無残な姿のまま永久保存して末代まで晒し者にしてしまうかも( `・ω・´)つ

 ちなみにこの鬼塚、辺りは公園のようになって駐車場なども整備されていますが、塚自体は手入れなどはされず、昔からずぅ~っとこのままの形で残されているそうです。草ぐらい刈ってあげてもいい気がしますが、もしかして地味ぃ~に猿鬼に復讐してるんだったりして。

 また昔は、この鬼塚の他にも、子鬼塚と呼ばれる小さな塚もたくさんあったらしいですが、今はどこにあったのか分からないそうです。

 鬼塚までの道は狭く、分かりにくい場所にあるので行かれる際は注意してくださいね。



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 そういえば岩井戸神社の傍らには、こんな石が置いてありました。まさかこれが猿鬼の首ってオチは無いでしょうが、見ようによってはチョット不気味だと思いませんか?
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by noto-tourism | 2004-11-10 18:06 | 猿鬼伝説

柳田村の猿鬼伝説

 さて、今日は柳田村の猿鬼伝説を紹介します。


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■猿鬼伝説(地名伝説)
 昔々、当目の岩井戸という洞窟に住んでいた猿鬼と呼ばれる怪物を退治したという伝説が奥能登一円に広く分布している。そこから地名の由来となった話を抜粋。

 猿尾谷から釜が谷を経て当地に住み着いた猿鬼が村々を荒らしまわるので、神々は気多大社の大明神を大将に、三井の大幡神杉姫を副将として退治することになった。
 まず、神々が兵を寄せたところが駒寄(こませ)、猿鬼の体に漆が塗ってあり弓矢が立たず後退した場所が神和住(かみわすみ)、神杉姫が「筒矢で射よ」とお告げを受けた歌波の浜、毒を採取したところが千毒(千徳)、目に矢が当たったところが当目、その黒い血が流れ出たところが黒川、五十里、車前草(おおばこ)で傷の手当てをしたところが大箱、猿鬼の首を埋めたところが鬼塚、その霊を祀って祠を建てたのが岩井戸神社(猿鬼の宮)といわれ、伝説由来の地名が多く残っている。

とのこと。

 この辺りの地名の由来となった壮大な伝説をこの目で確認できる神社が近くにあると知った私は、さっそく岩井戸神社に行ってみることにしました。


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 まずは観光案内を頼りに柳田村の当目地区へ向かいます。能登空港から車で10分ほどでしょうか。比較的広い道路を快適に進むと迷うことなく岩井戸神社前に到着しました。男女のトイレと10台ほどが停められる駐車場、バス停などがあり、神社は駐車場から道を挟んで向こう側の川のほとりにある様子。早速車を停めて川沿いの階段を降りていきます。


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長い階段を降りていくと近くで川のせせらぎが聞こえます。どうやら神社は川のほとりにあるようですね。


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緑のトンネルを抜けるとそこに伝説の猿鬼の宮がありました。
足元には苔が覆い、滑りやすくなっているので慎重に先に進みます。

 赤い橋と緑のトンネル、川のせせらぎが聞こえる猿鬼の宮は、昔確かにここに猿鬼が住んでいたに違いないと思わせる、神秘的な場所でした。
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by noto-tourism | 2004-07-21 16:17 | 猿鬼伝説