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by noto-tourism

のと鉄道と益谷秀次

今日は能登町出身の政治家『益谷秀次』さんのお話。
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益谷秀次さんは明治21年1月17日に能登町宇出津で生まれました。
京都帝国大学仏法科を卒業、大正9年に衆議院議員に当選し、日本自由党の総務会長・建設大臣・国務大臣などを歴任し、昭和26年に吉田首相が渡米中の際は臨時内閣総理大臣代理に就き、その後は衆議院議長として3年以上務めました。

歴史の点数は悪かったんで資料を読んでもいまいちピンとこないんですが、『能登町出身の政治家で、能登に鉄道を作った人』といえば、若い世代でも大抵は知っている、このあたりでは有名な方なんです。

で今日の本題に入りますが、私たちは今“のと鉄道の最後の日”を迎えようとしています。そこで“能登に鉄道が来た日”についても少しは知っておく必要があるんじゃないかと思ったわけです。
なんせ工事が始まったのは昭和28年ですから、今から50年ほど前の話。リアルタイムに体験してきた方々も、さすがに記憶があやふやになる年数ですからね。



【能登に鉄道がひかれたのは、益谷さんが子供の頃からの夢を叶えるために努力したから】

益谷さんは小学生の頃から『いつの日か能登に鉄道を引いてやる!』という大きな夢をもっていたそうです。政治家になってから能登に汽車が来た日まで、モノ凄い執念で夢を実現しました。
後に益谷さんの奥さんに、とある記者がこうゆう質問をしたそうです。

『奥さんが益谷先生とご一緒になられて以来、一番嬉しかったときはいつですか?』

奥さん『能登線が開通したときです』

質問した記者は驚きました。
だって『衆議院議長になったときです』と答えると思っていましたから。
益谷さんの奥さんはこう続けました。

『益谷は昔から、能登に鉄道をひきたい、ひきたいと口癖のように言っておりました。その汽車がとうとう能登へ来た日、益谷はああゆう性格の人ですから嬉しさを顔や口に出したりはしませんでしたが、永年連れ添ってきた私には分かります。私は益谷の夢が叶えられて本当にうれしゅうございました』

また、益谷秀次さんは能登へ鉄道が来たことに関して
『金沢へ日帰りができるようになった。朝出れば、その日のうちに東京へも行けるようになった。』
『片田舎だった能登と都会の格差は、この一本の線路によって是正される方向へ向かった。新鮮な海産物はどしどし出荷される、奥能登の美しい風景、平家一門につながる秘史は新しい観光資源となって脚光を浴びるに至った』と記しています。




年配の方に話を聞きましたが、鉄道が来る前は宇出津から七尾までフェリーに乗り、七尾駅から東京へ汽車を乗り継いで行ったそうです。東京までは1日以上かかります。
その頃から比べると今は飛行機でアッという間なんですから、ますます能登は便利に、良くなっていくはず!と私も信じています。のと鉄道がもうすぐなくなるのは寂しいですが・・・。

さて、皆さんは『いつか○○してやる!』みたいな強い信念や夢って持ってますか?
私はありますよ。大きい声じゃいえないんですが、こっそり教えちゃおうかな。


私の夢!それは・・・・・。














腰周りの贅肉を落とすこと_| ̄|○

昔は運動したらすぐ引き締まったのに、最近は太ったら太りっぱなし。
“なごみ”で水中歩行でもしたほうがいいかもしれないですね。
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by noto-tourism | 2005-03-03 18:15 | 能登のプチ情報