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by noto-tourism

鯨伝説 パートⅡ

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 三波村に伝わる鯨伝説パートⅠに引き続き今日は、パートⅡを紹介します。

 正保年間、1664年頃猪平村(矢波の在所より4kmほど山間の在所)に正直者の庄次兵衛という男がいた。漁師になりたくて矢波部落の木下文左衛門に頼んで網水夫になった。
 その年の春は、毎日のごとく大漁が続き獲れた魚を肴に毎日のように酒盛りがあった。
庄次兵衛は、一緒になり酒を飲んでみるととてもおいしく酒の味を覚えてしまった。
 庄次兵衛は、年老いてからも酒の味が忘れられず、矢波の居酒屋をゴロゴロしていたが、ある馬小屋で寝込みとうとう起きあがれなくなった。そこで村人達は食べ物を運んで食べさせていた。庄次兵衛は『俺が死んだら、海へ流してくれ。必ず恩返しはする。』と言って死んだので、村の人たちは海の見える丘に埋葬した。
 庄次兵衛の初七日の日、沖の網に大鯨が入っており、村中の舟が出てその大鯨を捕らえ磯へ引き込んだが、あまりにもその鯨がおとなしいので村人は不思議に思った。
切り殺してみると鰭(ひれ)の下に「庄次兵衛」の文字が浮き出ていた。
その鯨の肉は、村中で分けたと言うが不景気な時であったので、村中が潤ったとのことで今でも“三十三尋の庄次兵衛鯨”といって伝わっているそうな。
 写真は、その鯨の骨が最近まで残っていたという諏訪神社の後です。
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by noto-tourism | 2004-10-24 20:38 | 能登のプチ情報