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by noto-tourism

真脇の縄文遺跡って・・・。

 能都町は『海とテニスと縄文の町』、宇出津港を筆頭に盛んな漁業、町営テニスコートを完備し、真脇には縄文遺跡と公園、温泉などがあります。

 真脇遺跡は町の顔、観光地のイメージ。
 真脇遺跡って私の中では『そこに存在するもの』であって、どうゆう遺跡か?なんて興味が無かったのですが。今日はあいにくの雨・・・、いろいろ文献をあさって真脇遺跡についてほんのちょっとだけ勉強してみました。

 富山湾が入り込んで真脇の入り江をつくり、その湾の奥、約400メートルの小平野の真ん中に真脇遺跡はあります。
 ほ場整備工事計画に伴う詳細分布調査の際に遺跡の存在が明らかになり、昭和57年に第一次緊急発掘調査が行われました。この遺跡は海抜6~11メートルの水田低湿地にあるため遺物・遺構の保存状態は極めて良好で、縄文時代前期後葉(約5300年前)から晩期末(約2000余年前)にいたる各期の遺構面が見事な層序をなし、この間を埋める各時期の土器形式で県内に見られるものは殆どすべて存在しています。つまり3千数百年にわたり縄文人の生活が営まれた全国でも異例な長期定住型の遺跡なんです。
 縄文人ってゴハンが無くなったら違う土地に移動したわけですから、4000年も同じ場所にいたということは、よっぽど居心地が良くてゴハンがたくさんあったんですね。

 遺跡からは土器類も極めて多量に出土しており、単なる小集落でなかったことを示唆しています。前期層からは極めて多量のイルカの骨や人頭骨、網代断片が出土して全国的に関心を呼んだそうです。(ま、当時の話ですが)

 中期層では妊婦土偶や、住居跡近くに立てられた折損させた大型石棒が出土。

 後期初頭(約4000年前)に編年される気屋式土器一群の中には、後期以降に東日本に存在する土製仮面が含まれており、日本最古で尚且つ分布の再限をなすものとして注目されました。

 晩期層からは製玉、御物石器などのほか後世の大型建築さえも及ばない直径88センチメートルの半割りされた木柱根が姿をあらわし、金沢市新保チカモリ遺跡、新潟県寺地遺跡の点を結ぶ、日本海巨木文化を印象付けました。


 さて『海とテニスと縄文の町』能都町は真脇遺跡だけが注目されていますが、他にもたくさん遺跡があります。縄文の町と銘打ってるのに真脇遺跡だけが注目されるのもチョット寂しいものです。
 ということで、のとツーリズムではいづかま古墳に続き他の遺跡も今後ご紹介していきたいと思います。
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by noto-tourism | 2004-09-29 17:33 | 能登の観光情報(能都町)